医療コーディネーターの相談室(第1回) がん情報ネットワーク連載(2008年5月号)

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第1回 医療者と患者の間には深くて暗い溝がある

岩本ゆり 医療コーディネーター・看護師・助産師

あなたは、医師や看護師に何か重大なことを伝えようとした時、言葉が伝わらない、気持ちが届かない、という思いを持ったことはないだろうか。自分の病気のことだから、と必死に思いを伝えようとしても、本音で語ろうとすればするほど、相手が遠くなっていくような感覚に襲われたことはないだろうか。

例えば医師から「あなたは手術をするのが最善の方法だ」と告げられた時、どうしても手術をしたくなかったとする。その時あなたは「手術はしたくない。別の方法はないだろうか?」と訴えるだろう。医師は何と答えるだろう。懇切丁寧に別の方法を検討するだろうか?なぜ手術が嫌なのかを理解しようとするだろうか?答えは「NO」だろう。大抵の場合は「手術をするのが最善の選択である」ことを繰り返し説明される。そしてなお首を縦に振らなければ明らかに不快な顔つきになる。不安を感じたあなたは、なぜ手術をしたくないのかその理由を話そうとするだろう。すると追い討ちをかけるように医師が言う。「もう時間もありませんし、手術が出来ないというのであれば別の病院へ行ってもらうことになるでしょう」と。

この時、診察室の中での主導権は医師である。患者は自身の体の問題にも関わらず、命を助けてもらうためには自分の希望を伝えることは二の次なる。こうした経験を繰り返す中で、患者さんは「自分で決める」「自分の体を知る」ことに疎くなっていく。そして仮に手術を受けた結果納得のいかない事態、例えば手術の傷がつかない、がんが再発した、などといった時、怒りの矛先は医師に向かっていく。その時患者は思うだろう。「だから手術はしたくなかったのに、医師に無理やりやらされた」と。この両者の間に立ちはだかる溝は、なぜ埋まらないのだろう。医療者は患者のためを思い、患者は良い医療を受けたいと思っているにも関わらず埋まらない溝。そこには何が欠けているのだろう。

その欠けているものが何かを見出すために、ここで皆さんにある調査の結果を質問したい。

「皆さん(患者)は医療に何を期待しているか?2つ挙げなさい」。

一つは簡単に思いつくだろう。答えは「確実に良くなりたい」。つまり「治りたい」「元の健康な体に戻りたい」という思いである。病気になれば、明日死を迎えてもおかしくない状況であっても、医療にこの思いを期待することは明白だ。

それでは、もう一つの答えは何であろうか。「安全でありたい」や「最善の治療を受けたい」などであろうか。確かにこうした思いはあるだろう。しかし「治りたい」と同等の期待ではない。答えは、表一をご覧頂きたい。これは、2003年にNPO法人楽患ねっとが「患者の医療に対するニーズ」をグループインタビューにて調査した結果である。

表1:患者の医療に対するニーズ

この調査結果から、もう一つの答えは「自分らしい人生を送りたい」ということであると分かる。「治りたい」と同じぐらい期待しているこの思い、皆さんはどう感じるであろうか。自分の思いと同じだろうか?それとも見当はずれであろうか?そして実際に医療現場でこの二つのニーズは充足されていると感じるだろうか?それとも、現実問題として医療に応えることは無理だから、求めることもしていないと思うだろうか?

ここで立場を変えて考えてみよう。この結果を医療者はどう感じるだろうか。「これまで患者から自分らしく生きたいということを医療者に期待されているという実感はなかった」「治ることと、自分らしい人生を天秤にかければ、同等ではなく、命が助かることの方が優先されるべき事項である」などが代表的な声だろう。私自身も大学病院という治療を主体とする医療機関で働いていた時、「確実に良くなりたい」という思いを支援することに奮闘していた。そしてこのニーズと同等の重みを持って、患者さんが「自分らしい人生を送りたい」と願っていることには気付かない振りをしてきたように思う。気付くことがあったとしても、そのニーズが患者にとって正しいか・正しくないかを看護者である自身が判断していたように思う。治ることを至上命題としている医療者にとって、自分らしい人生を達成するために治ることを第一目標としない患者さんは、厄介な患者・理解できない我儘な患者として扱っていたのではないか、と自責の念と共に思い返す。

医療の進歩が著しい現在でも、ほとんどのがん患者は病と共に生きていると言っても過言ではない。そうした患者にとって、治ることだけを第一目標とする医療は果たして意味をなすのであろうか。こうした視点になぜ病院で働いている医療者は気付きにくいのだろう。それは、患者の本音に耳を傾けていないからである。医療施設という特殊な空間の中で、患者は上下関係にある医療者に本音を伝えにくい。その事実を医療者は気付いてないのだ。良い医師であるという自覚がある医師であればあるだけ、患者は自分に全幅の信頼をおき、本音を語っていると信じている人も多い。また看護師も、自分たちは患者に一番近い存在であり、患者のことを何でも知っていると思い込んでいる。まずは医療者が患者は自分たちに本音を語らないことを自覚するところから始めなくてはいけない。真摯に患者の声に耳を傾け、患者中心の医療とは患者が主体となること、そのためには患者がいかに自分らしく生き、納得して医療を受けることが出来るのかをサポートしていく必要があることに、真に目を向けなければならない。

私たち医療コーディネーター(以下MC)は、どこの医療機関にも所属しない、中立な立場において患者と関わりを持っている。MCは、患者が自分らしく納得のいく医療を受けるための支援を行う。MCは、治す、治されるという関係や勤務先の病院の顔色を伺うことのない中立な立場を通して、患者の本音を知ることが出来る。そしてその本音から、一人一人の患者が納得する医療とは何か、医療に何を求めるのかを話し合い、次への一歩を踏み出していくお手伝いをしている。

次回からは、MCが実際どのような相談を受け、対応しているかについてご紹介したい。

※当記事はがん情報ネットワークに連載しているものです。

posted by 楽患ナース株式会社

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