「きょうだい児」という言葉を知っていますか?

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病気や障害を抱えた子どものきょうだいを 「きょうだい児」 と呼びます。

私がこの言葉を知ったのは2002年に楽患ねっとを通じて知り合った「へなちょこcafé」管理人のひさもさんの活動からでした。清田悠代さん(ひさも)は知り合った当時、病気の子どもときょうだい支援などについて語り合うカフェ「へなちょこcafé」というHPを運営していました。


きっかけは中学生時代に弟さんが病気入院をしたことにるきょうだい児としての体験でした。詳細は彼女のHPに譲りますが、このHP運営から始まり、社会福祉士の資格取得、そして2003年からはしぶたね(Sibling Support たねまきプロジェクト)立ち上げと精力的に活動しております。

今回、医療保育士の最近の動向を知り、入院している子どもへの保育サポートはかなり進んできたという印象を持ちました。一方、入院している子どもの兄弟へのサポートはまだまだ変わらないのだと感じました。ひさもさんのHPには、4つの希望が書いてあります。

1.きょうだいの子ども達のためのプレイルーム
2.きょうだいのグループワーク
3.きょうだいストレス発散ツアー
4.きょうだいを亡くした子どものグループワーク

病院のプレイルームには、「入院しているお友達だけが遊べます」と書いてありました。感染管理のためには当然のことだと思います。でも、現実問題として病気の子どもの兄弟は、親がお見舞いや付き添いをしている間、どこにいれば良いのでしょうか?病院の廊下や小児病棟の扉の前で親を待っている小さな兄弟たちの姿をそのままにしておいて良いのでしょうか?片方の親が付き添い、片方の親が残っている子どもを見れば良い、という意見もあるでしょう。でも、そうした状況が長く続けば、
夫婦は話をする時間も、顔を合わせる時間もありません。子どもの病気という緊急事態を家族の力で乗り越えるためにできることが、まだまだたくさんあるのだと感じます。

チーム医療が叫ばれる現在、チームの一員は医療者だけではありません。本人と家族もチームの一員となれるような療養環境を整えていきたいものだと強く感じました。

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コメント(2)

きょうだい児のなかに不登校になる子どもの可能性は高いという印象があります。親の関心と関わる時間が病弱児に偏らざるを得ないことが背景の一部になっているように説明したこともあります。
これに関して何かのデータのようなものはありませんか。

データはありませんが、私自身兄弟児です。
経験や仲間から聞いた話が参考になれば幸いです。

はっきりと言える事は、自分が将来責任を負わなければならないという事を早ければ小学生の時から自覚しているという事です。
少なくとも中学生にもなれば自覚するはずです。

兄弟児の親は大抵、お前には兄弟の面倒を看ろとは言わないから、お前の好きなように、自由にしなさいと言いますが、大抵嘘か綺麗事か無頓着か不慮でしょう。
そもそもそんなに都合のいい話があるわけがありません。

兄弟である以上、見捨てる側である我々兄弟児にもある程度の覚悟が要りますし、その後も両親と兄弟に対する良心の呵責は已む事を知りません。
見捨てなければ当然何れは面倒を看る事になるわけです。

両親が亡くなった後にどうするかも大きな問題です。
役所は最も近い親類である兄弟に先ず訪れます。

以上より、責任を負わざるを得ず、更にはストレスの掃きだめになる事も往々にしてあるのです。

子供のころは家には友達も呼べず、
本当の事を話せる友人など殆どいませんし、
話した途端に疎遠になる人も多くいました。
恋人も然りです。
遊びならまだしも、いずれ婚姻する事を慮れば
話さねばなりません。
お互いに相当の覚悟が伴いますし、
結婚した後に子供をつくる事さえ憚られます。

両親は自分たちの青春を謳歌してきたわけで、
私たちの青春時代に味わう惨めさ、
やり場のない苦しみや悲しみ、
そして数多くの悲劇を想像することなど出来ないのです。

そうした苦悩や葛藤から不登校になる人も大勢いますし、上手く仲間に馴染ぬ人、失声症を患う人、終いには自殺してしまう人さえも居ます。


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